
第3期:2オフィス体制(2005年4月–2006年11月)
JIA理事会は2004年12月、中国のコーディネーターを養成するためのワークショップを広州オフィスで開催する。その効果もあり、2005年2月のキャンプはほぼすべて中国のコーディネーターによって準備された。
発展を始めたJIAに対して笹川記念保健協力財団は2005年4月よりオフィス運営費の支援を開始し、JIAは広州オフィスに加えて雲南省昆明オフィスを開設する。雲南省担当のカン=サンミンは2005年4月、昆明オフィスに移る。
組織図

メンバー
オフィス体制になってからもJIA理事会の理事は大きくは変わらない。
カン=サンミン、ツァイ=ハン、G.Y.ワン、ツァイ=ジエシャン、原田燎太郎、マイケル=マイ(曁南大学)、セブン=シエ(中山大学)だ。
フォン=ハオインは理事を辞し、あるワークキャンプのコーディネーターとなる。
ケルビンは卒業・就職し、後輩のセブンが理事となる。また理事会の開催は1ヶ月に1度となる。
方針
2005年3月、JIA理事会は広州近郊の三水で理事会を開催し、JIAの組織について再建とする。
a. JIAとは何か
JIAは中国のNGOで、ワークキャンプのネットワークであり、そのネットワーク内のキャンパーと協力する。
b. 目的
JIAが目指すことは:
i. ボランティアリズムを普及させること
ii. 地元のキャンパーがワークキャンプをその地域に根付かせ、発展させてゆき、“Joy in Action”を備えた市民社会の基礎とすること
iii. 社会問題が存在せず、「世界をひとつの家族」にすることのできるワークキャンプのグローバルネットワークを構築すること
c. 発展モデル
JIAはボランティアリズムを中国に普及させる独自の方法を発展させており、それによってワークキャンプのグローバルネットワークを構築することができる。これは「JIAモデル」と呼ばれている。
i. 「ボランティアリズム」―ワークキャンプ
ワークキャンプにおいては、リーダーたちを含めたほとんどの人々がボランティアであり、すべての人々は平等で、さまざまなプロジェクトに関する意見を表明し、意思決定をし、実行する過程に携わることができる。このような環境を通して、キャンパーたちはボランティアについて学び、理解することができる。そしてキャンパーとキャンプ地の住民は互いに団結し、個人的な関係とツナガリを築き上げていく。
ii. 「継続性」―ワークキャンプ団体
ワークキャンプで得たボランティアリズムと個人的なツナガリのため、キャンパーたちは活動の継続性の重要さを認識するようになる。JIAは彼らと協力してワークキャンプ団体を彼らの地域に設立する(ほとんどの場合彼らの大学内に設立する)。
iii. 「協力」―JIAワークキャンプ地域委員会
ある地域のいくつかのワークキャンプ団体はJIAと協力してJIAワークキャンプ地域委員会を設立する。地域委員会はワークキャンプ団体の間の協力の場となり、調査やキャンパー募集、トレーニング、中国外の協力団体との連絡、プロジェクトの実施から評価までのワークキャンプの開催に必要な仕事を共同で行う。
これらの過程のノウハウは、世代から世代へと受け継がれていく。
iv. 「刺激しあい、洗練しあう」―中国国内ネットワーク
地域委員会は国内ネットワークを形成する最小単位となり、それぞれの地域委員会はプロジェクトを「キャンプ文化」といわれるその地に独特の方法で発展させていく。国内ネットワークを通し、各地域委員会はキャンプ文化を共有し、また自らの文化を磨き上げていく。この相互刺激は競争ではなく、相互にさらに発展させていく。
v. 「意思決定過程への参与性」 (JMC)
JIAの意思決定はJIA理事会にてなされるが、各地域委員会の情報の収集は年4回のJIA管理委員会(JMC, JIA Management Committee)にてなされる。JMCの構成は、JIA理事会(3名)と各地域委員会の代表それぞれ1名ずつ (6名)(広州、湛江、潮汕、南寧、桂林、昆明)合計9名だ。JMCではそれぞれの地域委員会の現状やJIAの発展の方向性についてディスカッションが行われる。
vi. 「グローバルネットワーク」―JIAネットワークカンファレンス
このようにして国内ネットワークが構築されている。そしてJIAは中国国外からのキャンパーと協力し、その他の国や地域でもJIAモデルによってネットワークを形成する。すべての国々のキャンパーたちは、ワークキャンプ中だけでなく、JIAネットワークカンファレンスにおいても出会うことができる。こうして次第にグローバルネットワークが構築されていく。
d. 活動分野
JIAのワークキャンプは2001年以来、中国のハンセン病快復村に焦点を当ててきた。JIAのキャンパーたちが必要であるとみなせば、将来的には教育、障害者、環境保全、文化交流などの分野でも活動していく。
e. 機能
JIAは下記の点でキャンパーと協力していく:
i. 情報センター:中国のワークキャンプの情報の収集と共有
ii. トレーニングセンター:キャンパーたちへのトレーニング
iii. ネットワークセンター:ワークキャンプのグローバルネットワークの構築
仕事内容
ふたつのオフィスのもと、徐々に各地の地域委員会が育っていく。この間、地域委員会はかなりの程度自立的にワークキャンプを運営していくことができるようになる。JIA理事会はかつてのように「各地域のマネージャー」ではなく、本来目指していた「JIA理事会と各地域の連絡係」となってくる。
こうして余裕のでてきたJIA理事会はチャリティーライブなどのPR活動を通じて他のNGOや財団(イェール=中国協会、グリーンピース、ロックフェラー兄弟財団、グリーングラント基金、オックスファム香港)と交流を深めていく。
また新しくプロジェクトマネージャーとなったG.Y.と若い彼を支えるカン=サンミンは「JIAボランティアチーム=ネットワーク」を提起する。これは、自立的に活動できるようになってきた各地域委員会にそれぞれ法律チーム、ケアチーム、聞き書きチーム、バックアップチーム(OG/OB会)、プロジェクト発展チームを設立し、国内にそれぞれのチームのネットワークをつくりあげ、同時に弁護士、医師、研究者など専門家によるコンサルタントチームをつくり、ボランティアチームと緊密に協力しながら村々の問題を解決していくというものだ。
こうして次第に、ワークキャンプ本体は各地域委員会によって組織され、それ以外の広報や資金集め、JIAのネットワークを使ったプロジェクトの発展などはJIAによって生み出されるという形ができてきた。
問題点
a. 年度計画決定プロセス―キャンパー不在の議論
JIAへのスポンサーが増えてくるに従い、JIAは年度計画をより綿密に作成する必要がでてきた。その計画には当然、各地域委員会の計画が含まれる。しかし、各地域委員会が向こう一年の計画を立てるのは非常に難しかった。というのも各地域委員会のメンバーは流動性が高いからだ。そのため、JIA理事会は地域委員会のキャンパーたちを巻き込みつつ年度計画を決定するよい方法を見つけることができなかった。
しかし、計画を提出しなければ資金がない。そこでJIA理事会は各地域委員会の年度計画を推測し、JIAの年度計画に含めて財団に要請書を提出した。財団での審査に通ったプロジェクトのうちいくつかは、地域委員会が実施できず、資源を有効利用することができなかった。資源が負担となってしまった。
b. 広州委員会の弱体化とその他の地域の意見吸収の困難
2005年8月第2回ネットワーク会議にて、JIA理事会理事のうち大学卒業を控えた理事の後任候補が発表される。セブンの後輩のイェ=ユエンヤン(中山大学)、マイケルの後輩のトニー=チェン(曁南大学)、JIAバックアップチーム(OG/OB会)をつくっていくツァイ=ハンの後任のアヤ=スー、JIA広州委員会に新たに加盟した広東工業大学のチェン=ミンジューだ。
ところが、トニーとミンジューはJIA理事会の会議にほとんど参加しない。JIA広州委員会からJIA理事会の理事を選ぶ現行のシステムは現在の状況に即していないことが露呈した。というのも、トニーやミンジューはJIA広州委員会の重要なコーディネーターでもあり、広州委員会とJIA理事会の仕事を両立することができないのだ。そもそも彼らには学業があるので、両立どころか「三立」となってしまう。ユエンヤンやアヤは広州委員会の仕事よりもJIA理事会の仕事を多くこなすが、彼らももともとは広州委員会のワークキャンプコーディネーターだ。
こうして最も活動的なコーディネーターをJIA理事会に吸い上げられる形となったJIA広州委員会は弱体化していく。広州委員会の会議はいたずらに長引き、キャンプ開催などの重要な決定が遅れるため、キャンプの準備をなかなか始められず、結果としてキャンプの質が低下する。質の低いキャンプからは優れたコーディネーターが出てこない。完全に悪循環に陥る。
一方、広州以外の地域からは、「うちの地域からもJIA理事会のメンバーを出したい」「JIA理事会とうちの地域は距離がありすぎる」という声が上がり始める。他の地域のキャンパーたちも着実に発展していっていることの証明ともいえるが、解決しなければいけない問題だ。
c. ふたつのオフィス間のコミュニケーション
地理的な状況や人的資源、資金の不足などが原因して、ふたつのオフィスの間のコミュニケーションは非常に難しかった。この問題は意思決定過程を遅らせ、プロジェクトを有効かつ効率的に行うことを妨げた。実際のところ、JIA理事会がふたつ目のオフィスを昆明に開設する以前に広州オフィスのシステムは対内的にも対外的にも安定的ではなかった。ふたつの不完全なコーディネーションセンターのもと発展することになったJIAのネットワークは、全体の安定を目指すうえで困難を抱えた。
d. ボランティアチームネットワーク
この発案は非常にトップダウン的なもので、各地域委員会のキャンパーの理解を得ぬまま進められたため、失敗に終わった。しかし、そのネットワークの失敗を補完する対策は採られず、またその失敗に関する報告もJIAオフィスからなされることはなかった。
主な出来事
時期 |
場所 関係者 出来事
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|---|---|
2005年4月 |
昆明 JIA理事会 雲南オフィス開設
広州、昆明 JIA理事会 初のオフィシャルスタッフ誕生
(広州:ジエシャン、昆明:ミャオ=グイユン) |
2005年5月 |
昆明 JIA理事会 ワークキャンプのコーディネーター要請トレーニング
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2005年6月 |
広州 広州委員会 組織的なコーディネーター要請プロジェクト「ブレッドプラン」開始
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2006年7月 |
広州 広州オフィス ロックフェラー兄弟財団(アメリカ)による助成
(同年ネットワーク会議) 湖南 広州オフィス、広州委員会 湖南開拓
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2006年8月 |
桂林 JIA理事会 第3回ネットワーク会議
(ボランティア チーム ネットワーク設立) |


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