中国のハンセン病史
~1950
中国のハンセン病には少なくとも2000年の歴史がある。ハンセン病の症例に言及した紀元前1100年の資料も存在するが、真偽は定かではない。また孔子(前551~前479)の時代の200~300年前、ハンセン病は罪への罰と考えられていたという。
1949年に中華人民共和国が設立される以前、ハンセン病の研究や治療は慈善団体によって行われていた。ハンセン病は中国の人々に数千年の間恐れられてきた。ハンセン病は濃厚な接触によって伝染すると考えられてきたため、予防策としてハンセン病患者は社会から追放された。社会はハンセン病患者を激しく憎悪した。その結果、苦しんでいる患者とその家族が差別を受けるままに放置され、彼らから人間の尊厳が奪われた。
~1980
1950年代初頭、「裸足医師」制度が発展するに従い、中国政府はハンセン病政策に着手した。ハンセン病の病院を設立し、患者を隔離し、ダプソン による治療を始めた。推定800のハンセン病の病院が1950-60年代に建設された。すべてが隔離と基本的な治療を目的とした病院だった。差別と恐れのため、すべての村が人里離れて荒れた山間区に建設された。基本的な生活環境については考慮に入れられなかった。村人が逃げ出して社会を恐怖に陥れるのを防ぐため、交通の便を可能な限り悪くした。1980年代以前、ハンセン病と診断されたものはすべてハンセン病村に送られなければならなかった。数十年にわたる隔離と治療の後、完全に快復した場合、一部の人々は解放された。しかし多くは社会の強い拒否のために行くところもなく、村にとどまらざるを得なかった。
~2000
1980年代にMDT(多剤併用治療)が中国に紹介された後、中国政府はハンセン病隔離政策を転換し、無償のMDT治療を地域で受けられるようにした。ほとんどの新患は、隔離ではなく在宅治療を受けている。多くの公共衛生教育のキャンペーンが行われ、人々がハンセン病に対するよりよい理解を得、ハンセン病を予防できるような活動が促進されている。
中国政府の偉大な努力と国際機関の支援により、ハンセン病予防はこの20年成功している。ハンセン病流行率は急激に下がっている。2000年の終わりまでに、中国政府はハンセン病を消滅させる目的に達したと宣言した。
過去50年間において、ハンセン病患者発見数は50万人に上る。その間、半世紀におよぶハンセン病予防政策により、WHO(世界保健機構) が定めるハンセン病消滅の基準に達することができた。2002年度末までにMDTを要するケースは3510に減少した。ハンセン病発症率も減少し、1966年の「 1万人に2.42人」から2002年には「1万人に0.027人」となった。また1966年の新患発見数は 19810人だったが、2002年は1635人にまで減少した。ハンセン病流行地域も急速に減少している。中国の2000の市や県(中国は市が上位の自治体)のうち、90%では新患が発見されないか、あるいは発生率は「10万人に 0.5人以下」となっている。
残った問題
中国のハンセン病予防政策は成功的で、ほとんどの地域で公衆衛生上の問題にならない。しかし、適切な治療がなされなかったことによって引き起こされた変形と、ハンセン病に対する偏見が、ハンセン病患者・快復者に深刻な影響を与えている。現在中国には、23万6000人以上のハンセン病快復者がいる。ハンセン病が治っているにもかかわらず、ほとんどの人々はその病気のために差別を受けている。50%以上がⅡ級の変形(WHO基準)を持っている。
差別と偏見のため、 4万人以上は社会に復帰することができず、人里離れたハンセン病隔離村に住んでいる。そのような村は中国に 600以上あると言われている。差別と偏見にくわえ、彼らは貧困・高齢・健康上の問題にも直面しなければならない。ほとんどの人々は健康な生活を送る権利を奪われ、生きることすら危うくなっている。
参考文献:
JIA Proposal 2006
関連リンク 共同活動団体


ハンセン病とは
中国のハンセン病事情



